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11月15日(日)「僕」
怖い!
僕は町一番の怖がりだ。普段は超現実的なつもりなんだけど、「お化け」という非現実が僕を恐怖に陥れる。
僕が恐怖という観念に襲われるのは次の条件が重なった時である。@暗闇、A孤独、B一ヶ月以内にお化け
の話を聞いたり映像を見たりすること。この3つの条件にビンゴした時、僕は半狂乱になって闇雲に状況の
打開(条件の崩壊)に努める。つまり電気をつけたり、人のいる所までダッシュしたりするのである。
非現実に対する恐怖心は物心ついた時から身につけていた。友達がサンバルカンやデンジマンで盛り上がっ
ていた頃、僕は魔女っ子メグや花の子ルンルンを見ていた。怪人が怖かったのである。怪人を見たが最後、
その夜は必ずうなされ、大人部屋(親の寝室)に亡命して父と母の間で寝るハメになった。
今、僕は貞子(井戸にお住まいの方)が怖くてたまらない。リングを見てから既に一ヶ月以上経っているか
ら普段なら怖味期限をとうに過ぎているはずなのに、未だに貞子は僕の頭にこびりついている。これは、あ
の映画(特にクライマックスの貞子の動き・表情)が強烈過ぎたからである。パク知の10の9といったとこ
ろか。僕は怖そうな場面全てにおいて両手で目を隠し、指の間からうっすら見ていた。平然と見ていた彼女
の隣でそれをするのはちょっと恥ずかしかったが、背に腹はかえられなかった。
僕の部屋は3階にあるのだが、あの映画を見てからというもの、2階にあるトイレに行く際に3階廊下の電気、
3階階段上の電気、2-3階階段用の電気、2階廊下の電気@、1-2階階段用の電気、洗面所の電気、2階廊下の
電気A、トイレの電気をつける。そして「どうだ、これなら出て来れまい。フッ、勝ったな。」と、安堵と
優越感に浸る(実は電気をつける時点で負けている)。しかし、行きは前も後ろも明るいからよいが、帰り
は電気を一つづつ消していかなくてはならない(つまり後ろがどんどん闇に飲まれていく)から、常に猛ダ
ッシュである。後ろを振り向くことはまずない。そして心の中で「偉そうにしてごめんなさい」を繰り返す。
最近よく思うんだけど、これって精神病なんじゃないか。ハッキリ言って普通じゃない。こんな人は
自分以外に見たことがない。いやいや、絶対精神病だ。そうでなかったら、メチャクチャ弱虫な人になって
しまうもん。
11月16日(月)「私」
塞翁が馬
父が実はリストラにあっていた事が発覚!!!!!!大ピンチ!!!!!!
両親は今まで、父は新しい仕事が入るまで自宅待機している、と言っていました。しかし実は8月付けで首を
切られていたのです。父が交通事故に遭ってから8ヶ月。轢かれた直後はかなりリッチな生活が待っていて、
父ももしかしたら、「轢かれてちょっとラッキー」とか思っていたかもしれません(正直、私は思っていま
した)。
しかし、人間万事塞翁が馬。悪事→善事と来たら次に来るのは当然「悪事」です。しかもやって来たのは
「しょ〜がね〜な〜」と軽いノリで乗り越えられる程度の「悪事」ではなく、岸辺一徳に勝るとも劣らない
くらいのメガトン級「悪事」だったのです。
私はあまりのショックでご飯とオカズしか喉を通りませんでした。家族の会話もほとんどうわのうわの空の
空でした。ただ、父と母の気丈な姿だけが非常に印象的でした。首の宣告から2ヶ月半、父も母もその前と
変わることなく時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しんでいました。私にそのことを知らせた後も、
変わることなくTVを見ながら談笑していたのです(そんなんでいいのか、というのは別問題として)。
今の収入は失業保険だけで、今までの約半分しかありません。しかし、私が慌てたところで事態は何も変わ
りません。私はただ善事の到着を今か今かと待つばかりです。ア〜メン!
11月17日(火)「俺」
今「も」生きる
今日は獅子座の流星群を見に行く。33年に一度だ。みんな、次に見る時は定年間近のオヤジ・生理もあがっ
ているババアもしくは死亡しているだろうから、今回のを見ない手はない。日常の出来事のように「面倒く
さいからまたでいいや」という訳にはいかないだろう。刹那的に生きるな、とは言わない。しかし、ちょっ
と先を見て、今度はないぞ、ということは今やろう。じゃ、行ってきま〜す。
今は午前5時25分。ただいま帰りました。結局2時間半で70個ぐらい見えたかな。ピークが一体いつだったの
かサッパリわからない。もう最後の方は、ほとんどザ・ガマンだった。
見なかった人へ。確かにすごかったが、すごくなかったぞ、思ったより。俺のイメージはビッグバンだった
から、今は「これじゃあ流れ星じゃないか!」という理不尽な怒りでいっぱいだ。
11月18日(水)「僕」
勘違いの美学
昨日星を見に行く途中に彼女が「全ての星は太陽の反射で光っているんでしょ」と言った。
僕は、「勘違い」は大きく分けて3種類あると思う。@単に間違った知識・認識(無害)、Aうぬぼれ
(時に有害)、B偏見(有害)だ。
上に述べた「全星太陽により輝く」というのは@にあたる。僕は子供の頃、「うんこがトウモロコシ入りだ
ったら、翌日は晴れ」という恐ろしい勘違いをしていた。またその当時僕の周りには、ガッチャマンはタイ
ムボカンシリーズだ、とか、リモコンの電波はよけないと下痢になる、などという勘違いがはびこっていた。
また僕の彼女は生粋の勘違イストで、最近まで「東京都内の郵便番号はみんな201(狛江市の郵便番号)だ」
と思っていた。
Aは少しやっかいだ。うぬぼれをする方は気持ちいいけど、される方は居た堪れなくなってしまう。「俺は
かっこいい」「私はかわいい」といった可視的なものはまだまし。答えが目の前にあるわけだから。名古屋
空港で墜落事故があった時、「俺だったら生き残るな」とほざいた輩がどれだけいたことか(僕もその一人
)。ほとんど確信犯だ。
偏見は、言われた方は憤慨するかもしれないけど、言う側・第三者にとっては面白いことこの上ない。僕は
小学生の頃まで「デリカット眼鏡=社長または博士」と思っていたし、今でも「魚座は星座の中で最もレベ
ルが低い」と信じて疑わない。酒屋の配達があると「店名は三河屋で配達しているのはサブまたは三平だ」
と思っている人も多いだろう。
世の中真実が全てわかってしまったらつまらない。勘違いしてなんぼ、てなもんだろう(これこそ勘違いか
?)
11月19日(木)「私」
バナナ論争
「バナナはおやつに入るか」というのは有史以来の人類の謎であり、その議論は今も尽きることがありませ
ん。
おやつとは、「昔の八つ時、今の14時から16時までの間の間食のこと(角川国語辞典)」と定義されます。
しかし、遠足に持って行く際のおやつは時間によって定義付けられるものではなく、あえて定義付けるとす
れば、「昼ご飯とは別に間食のために持って行く食物のこと」と言えると思います。
つまり、バナナを昼ご飯(の一部)として持って行けばそれはおやつではなく、間食用として持って行けば
おやつということになります。従って、例えば洒落た子供は弁当箱にイチゴを入れてきますが、これは議論
になることなく昼ご飯の一部として扱われます。一方、3時の休憩時間に「サバの味噌煮」の缶詰をおもむろ
にむさぼる渋い子供は、それをおやつとして所持していると言えます。
このように場合分けをすれば大人は簡単に合点がいくと思いますが、子供はそうはいきません。この議論が
繰り返されるのも、このような扱いの相対化が生み出すものであると言えるでしょう。
しかし、場合分けなくしてバナナを絶対的に位置付けることなどが出来るのでしょうか。私はそれは不可能
であると思います。ジャイアンがTVでは悪の権化でありながら映画では友情の象徴であるように、バナナも
その時々の役割により扱い(肩書き)が変化するのは当然であると思います。
よって、私は子供が理解できるようなバナナの位置付けはできません。しかし、そもそもバナナを遠足に持
って行こうとする子供がいるからこの議論が起こるのであって、これを禁じればこの議論は当然に解消する
わけです(世間ではこれを「臭いものに蓋」と言います)。
幸いなことに東京都の知事は「意地悪」で名を馳せた青島幸雄氏であります。この「意地悪」極まりない青
島氏であれば、「遠足にバナナを持って行くことは有無を言わさず禁止、かつそれを疑問視することも禁止
条例」を発令することも可能であると思います。青島さん、頑張ってください。未来は子供たちのために…。
11月20日(金)「俺」
サブ
昨日彼女と狛江のデニーズに行った。メニューを眺めていると、アナウンスが入った。「品川40、はの○○
○○のお車でお越しのお客様、レジまでおこし下さい。」
ファミレスでアナウンスが入るのはかなり珍しく、俺も彼女も誰だ誰だとレジを覗った。しかし誰も来ない。
そこで2度目のアナウンス。「繰り返します。品川40…」
珍しいことが2度も起こったもんだから、店内の視線がレジに集中した。しかし、まだ誰も来ない。その時、
俺はフ〜っと血の気が引いた。もしかしたら、俺か?そう言えば今日俺はバイト(酒屋の配達)の車を借り
てきている。当然、ナンバーなど覚えていない。
もうレジの方を向く勇気も無くなり、彼女に「来た?来た?」とレジの様子を尋ねた。しかし彼女は首を横
に振るばかり。しょうがない!車のナンバーを確かめに行ってこよう。そう思って立ちあがろうとした瞬間、
3度目のアナウンスが入った。
「『酒配達中』の軽トラックでお越しの、品川40、はの…」
あ〜、皆まで言うなぁぁ!確かにフロントガラスには「酒配達中」という表示が付いている。しかし、それ
を言われては俺は店内の客全員から「あ、あれがサブちゃんよ(一昨日の日記参照)」という、願ったりか
なったりの称号を授かることになってしまう。
しかし、アナウンスするほどのことがあるからには、行かないわけにはいかなかった。「トイレ行きたい」
などとさりげなくつぶやいて立ち上がった俺を「サブ」という視線が突き刺した。
結局呼び出された原因は、ヘッドライトの点け放しであった。このワンアクションを怠ったために、俺は小
一時間も三河屋のサブを演じなければならなかった(別に演じる必要も無かったのだが、半ばどうでも良く
なったので、隣の席に聞こえるように「ビールケース運び方ワンポイント」などを熱く語ってやった)。
11月21日(土)「僕」
目が近い!
3丁目の三谷さんは、実は三谷幸喜だった!
僕は酒屋の配達のバイトをしている。毎週金曜日が僕の担当なのだが、昨日は三谷さん宅へのビールと水の
配達があった。今まで2度ほど行ったことのあるお宅だったが、5年もやってるバイトでたったの2度だから、
家の位置すらほとんど覚えていなかった。
「すいませーん、坂戸屋で〜す」といつもの調子で入っていくと、何処かで見たことのある顔が…。う〜ん
、この奥さん何処かで、と頭のサーチエンジンをフル稼働させていると、奥さんの足元からメチャクチャ高
級そうな猫が2・3匹僕に寄り付いてきた。と同時にサーチエンジンに猫というキーワードが加わり、出まし
た出ました。
「あなた、小林聡美さんだね?」僕は心の中でつぶやいた。彼女も「そう、私が聡美よ」と心の中で答えた
。もはや二人は野球マンガのバッテリーと化して会話を楽しんだ。と書いては見たが、変態的なのでやめる。
十六種類のお茶の時とはまるで別人でかなり綺麗だった。しかも、驚くことに本物は全く目が離れていない
!もともと人間的に好きな女優だったが、更にポイントアップだ(好きならなぜ前の配達で気付かなかった
かは、なぜだ?)。
僕は久々の芸能人GETに舞い上がり、僕の足にスリスリしている猫に「お手!」と言った。猫は当然こんな
貧乏人の言うことなど鼻であしらったが、聡美さんは「普段ならするんだけど、今は"なつきモード"入っち
ゃってるからダメみたいですね」とさらりと言った。僕は会話が出来たことにまた舞い上がった。
ん?待て。普段ならするんかい!…さすが女優。嘘をも真実に変え、凡人を翻弄する。
三谷幸喜は「古畑任三郎」を始めとして、今や日本で一番の売れっ子脚本家だ。そして「やっぱり猫が好き
」や「十六茶」のコマーシャルでお馴染みの小林聡美。この二人の婚約会の模様がネットにあったので載せ
る。かなり面白い。
三谷氏「映画監督の伊丹十三さんは自分の奥さんの宮本信子さんを日本一の役者だといって、いつも使って
いる。僕もそれをみならって是非……宮本さんを使ってみたい。」聡美氏「私じゃないんかい!」
う〜ん、さすがだ。